2009年11月13日

子供手当ては教育格差を助長する?

子ども手当で教育格差拡大も=「塾通い・貯蓄」、所得層で違い−民間調査
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009111200531

 現金を渡されてなにに使うかという問題。自由に使える金である以上、親の子供への思いやモラルが問われることになる。

 高所得層であれば、そもそも余裕があるため、子供手当てという名目で渡されればじゃあそういう使い方をしましょう、となる。低所得層は余裕がないため、自分たちの使いたい使い方をしてしまう。

 正直調査するまでもないように思うが、理論上そのままの結果が統計にもでたということで、実際に支給した場合も同じ結果になるだろう。
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2009年11月12日

市橋容疑者の逃亡生活について

 先日、英国人女性の死体を遺棄した容疑で、2年以上にわたり逃亡生活をしていた市橋容疑者が逮捕されるというニュースがあった。指名手配者が逮捕されたことは、治安上非常に好ましいことであるし、この事件の真相が早く解明されることを願う。

 さて、市橋容疑者はさまざまな報道によると、身分を詐称して神戸や大阪にて働き、逃亡や整形の費用をためていたようだ。逮捕時にも30万程度の資金を所持していたという。

 誰かからの資金提供等がなかったのかなど、これから明確にしていかなければならない点もあるが、もし逃亡中に労働し資金をためたことが事実であれば、ある1つの証明材料になる。

 つまり、ネットカフェ難民や、ワーキングプアで貯金も出来ない、それは社会がわるいという、本人や貧困救済ネットワークの人などが繰り返してきた主張はまったくの誤りであり、本人の甘えであるということが、あろうことか犯罪の容疑者によって証明されたということになるのではないか、ということだ。

 市橋容疑者の立場は、まさになにもない状態。学歴も、身元証明も、住所も、資産も。すくなくとも単身者においては、これより最悪の状態というのはそうそうあるものではない。その状態でも、十分に生活を立て直せるということがわかったといえるのではないか。この事実は、自己責任論を補強し、社会責任論を否定する1つの有力な材料となると思う。

 ※犯罪容疑者を賞賛するつもりはまったくないことは明記しておく。ただ、事実のみを見ていきたい。
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2009年10月30日

母子加算復活に疑問の声

中日新聞紹介の母子家庭生活保護費使途に疑問の声、携帯代2万5千円
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1027&f=national_1027_020.shtml

「足し算の民主党」では経済は立ち直らない
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091027/191511/

 こうしてまともな批判意見がでることは素晴らしい。母子加算復活は、母子加算の不合理性から廃止されたのに、復活にともなってまた同じ批判を受けている。学習をまったくしていない。政権が変わっても、過去の蓄積を無視することはよろしくない。
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製造業派遣禁止

製造業派遣禁止へ法案提出=通常国会に−鳩山首相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091029-00000111-jij-pol

 この政策がどれほど無知で単純な発想に基づくものか、想像するとぞっとする。派遣を禁止すれば正社員が増えるという単純な考えなのか、人気取りなのか、とにかく理由が見えない。

 日本は弱者を捨ててでもまず企業競争力・経済力を立て直す時期にある。その状況を克服してようやく、弱者と呼ばれる生産力の低い人々が救済される機会を考慮すべきである。

 政治の方向性が進むべき道とまったく逆であるから、日本の経済力は衰弱し、弱者と呼ばれる人間は結果としてさらに苦しむことになるだろう。
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2009年10月23日

母子加算復活…「すしを食べたい」

<母子加算>「修学旅行に行ける」…復活に胸なで下ろす
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091023-00000027-mai-soci

 修学旅行にまわすというのはまあいいかもしれない(本来現状でもそれは可能なはずだが)。しかし、今回の記事でもやはり「すしを食べたい」といっている人がいるようだ。

 他人のカネで寿司を食う。贅沢という意識もなく。寿司が食べられるかどうかなど、生存になんの影響もない。余裕のある生活をしていると考えて全くさしつかえないだろう。

「食費も削ってきた」などというのは一般的な家庭でどこでもやっていることである。問題はどの程度削り、なにを食べているのかという話だ。それを記事にしなければいけないだろう。

 働きもせず、なんの貢献もなく、ただ飯にたかる輩が、いまにもあぶく銭を手にして浮かれようとしている。母子加算復活はとめられないんだろうか。
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2009年10月20日

貧困率発表

06年の貧困率、15.7%=97年以降で最高−改善策検討へ・厚労省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091020-00000084-jij-pol

 相対貧困率の発表がされた。先進諸国のなかでも高い水準だ、日本は貧困が進んでいる!と政府はいいたいようだが、それを真に受けるのはおろかな貧乏人だけである。

 日本は年功序列という風習があり、世代間で収入が大きく異なる。また、日本の貧困層は発展途上国に比べれば非常に裕福であるといえる(物価と収入の相対による)。そもそも貧困率などというのは共産主義でもなければこの程度の水準になることがむしろ自然なのだ。

 まともにがんばってお金を稼いでいる人は、政府が行うことを注視し、自分のお金を税金という形でむしられ、何も生まないクズのために使われないようにしなければいけない。
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母子加算12月初旬に復活

<生活保護>母子加算12月初旬に復活、10年度も継続
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091020-00000006-mai-pol

 政権交代の象徴というところが気になる。政権が交代したんだということをアピールする、いわば広告材料として母子加算を復活させるという意図があるのだろう。

 本来そのようなことは行われるべきではない。母子加算というものが、本当に生活保護受給者にとって必要なのか、それこそムダではないのかという議論がなく、自分たち政権与党のために税金を投入しようとしているのだ。

 母子加算復活が妥当かどうかは、私としてはこれまでどおり、必要ないと考える。打ち切っている現状で生活できているのだから、復活する必要はまったくない。
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2009年10月15日

自己責任論批判(2)

<貧困>は自己責任ではない
http://www.news.janjan.jp/culture/0711/0711226058/1.php

 先日ニュースになっていた湯浅誠氏の、講演の記録である。2年ほど前なので、まだリーマンショックも起こる前の話だ。

 ほとんどの意見・データ・実例が「貧困は自己責任ではない」というテーマを理解するのには足りないものとなっている。逆に実に甘えた意見が含まれていることが印象的だ。
posted by ウル at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自己責任論批判

 格差社会問題をとりあげてしばらくたつ。最近の大きな社会の変化としては自民党が衰退し、民主党が政権を奪取したことが挙げられる。

 このブログのスタンスは、現在の日本の社会構成では格差は存在してしかるべき物であり、貧困の解決は自己責任において十分になしうる、あるいは解決できないことはやむをえないというものだ。弱者という名のもとに他人の金にたかって生きようとする人の存在を徹底的に批判もする。お金を手に入れるということを自然現象であるかのように考え、それができないことを社会のせいにするということは自由な経済がある程度浸透している日本の社会においては不自然な考えだ。

 お金を手に入れるというのは非常にシンプルな方法で可能となる。お金は人がいなければ自然には発生しない。必ずお金を出す人間がいる。お金を手に入れるには、相手にとってお金を出したくなるような何かを提供すればよい。その提供に成功すればお金は手に入る。

 私が自己責任論を支持するのは、お金を手に入れる方法が上記のとおり非常にシンプルだからである。お金が思うように手に入っていないということは、それだけのものを誰かに提供できていないというだけのことだ。自分は必死に働いているのにお金が貰えないというのは、提供している物(労働内容)に魅力がないという単純な問題に過ぎない。つまり「必死に働いた」ということは重要な問題ではなく、単なる自己満足に過ぎない。相手をどれだけ満足させるか、相手にとってどれだけ魅力的かで手に入れられるお金というのは決定される。

 相手にとって魅力的なものが何かというのは、誰にもわからないことである。労働力としての技術、人間的魅力、新しいアイディアや企画、便利であったり、安価であったり、ブランドとして魅力的な商品etc...。特定の相手にとって魅力的かどうかはわからないが、一般的に価値が認められている既存のものはあるので、そういうものを提供できるように努力することが、ある程度のお金を手に入れられるようになる近道だろう。また、価値の決定には営業力・交渉力・人的調整力というようなヒューマンスキルが大きくかかわる。数字や技術だけでは人間との取引では解決できない問題も多い。

 自己責任論批判の中には、一度転落すると這い上がることができないのが現在の日本社会だという意見も見かける。これも基本的にはお金を手に入れる原理(上記)を考えれば、必ずしもそんなことはないと明言できる。労働を単なる日常的作業と考えているから、そういう考えにいたるのだろう。基本的には人間は何かを売っているのである。商品を用意せずに対価を得ることはできない。逆に言えば、魅力的な商品さえ用意すれば、お金を得ることが出来るといえる。

 環境が豊かでなく、学費が高額なため、金持ちだけが学校に行けるという批判なども見かけるが、学歴というのは商品の1つにすぎない。学歴を手に入れていなくても、お金は手に入れられる。

 働き出すまでにどういう商品を手に入れられるかというのは、ある程度運のようなものもある。しかし、何か売れるものを用意して生きていかなければならないということを意識して過ごしてきた人間は、たとえ貧しくても何かを用意できるものだ。自己責任というのは、育成過程の自分にも存在する責任である。誰にも教えてもらえないかもしれないが、貧しいのであればなおさら、自分で気づかなければいけない問題なのである。

 極端すぎる自由経済も独占などの問題を生ずるが、現在の日本では各種法令ですでにある程度十分な統制が行われている。現在の日本でお金を手に入れられないのは、自己責任である。
タグ:格差社会
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求む!限界集落再生の協力隊員

“求む!限界集落再生の協力隊員” 報酬月額16万円+住居無償提供。条件は20歳以上で要運転免許(AT限定不可)…秋田
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091014-OYT1T00756.htm

 こうして人材不足に苦しみ、ただで住めるという案件があるいっぽうで、仕事がないと嘆き、生活保護に頼るという税金の消費をする人間がいる。

 現在確かに採用募集は少なくなってはいる。ただ、業種・職種・条件を選ばなければ、募集をしているところはあるのだ。生活保護に頼ろうとする前に、苦しくても自活する努力をさせるべきである。
posted by ウル at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする